大学野球四年間を振り返って・・・・井上 大将編

  • 2018-3-26
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キャプテン、お疲れ様でした。本日はよろしくお願いします。
4年時には様々な出来事があって、大変な1年になったことと思います。そちらは後ほど伺うとして先ずは4年間を1年毎に振り返ってみて下さい。先ずは1年目から・・・。

ー1年時ー
高校でレギュラーとしての出場がなかったため、大学では絶対に1年生から試合に出てやろうと人一倍強い気持ちで入部してきました。
ですが、その気持ちが空回りしてしまい入学前の2月から練習で手首の靭帯を痛めてしまい、1年間のほとんどを棒に振りました。
そんな中で同級生の保科や田村は主軸として、1部の舞台に出ていくのを見ることしかできず、本当に悔しい思いをしました。
ですが1年の秋のリーグ戦で急遽、メンバーに入ることができました。
理由は、当時のキャプテンであった渡邉亮仁キャプテンに普段の練習での姿勢、精一杯声を出しチームのためにやっていた点を認めていただき推薦してもらえたからです。
その時、初めて自分にもチームのために役にたつものがあること、そして頑張っていれば見ていてくれる人がいることを知りました。

入部前後は、アピールしたいという思いが強いあまりつい無理をしてしまいがちですからね。
毎年のように、怪我をしてしまう選手が出てしまいますもんね。といって、セーブしろとも言いづらいですし難しいところですね。

ー2年時ー
少しずつ、試行錯誤してきたバッティングに芽が出てきたところで、Aチームのオープン戦でスタメン出場が出来るチャンスも出てきました。
それなのに、そんな日に限って雨であったりとか、試合の日程が変わってしまったりとか・・・
嘘みたいにチャンスが離れていって・・・最終的にはスタンドで応援するなんて事もありました。

そればかりは仕方ないですが、やるせないですね。そうなると、焦っちゃうもんですもんね。

ー3年時ー
振り返って1番に出てくるのはやはり、秋の入れ替え戦ではないかと思います。
個人としてはこの試合で貢献することは出来ていませんが、そんな事よりも
大好きな先輩たちが毎日たくさん練習を積み重ねた努力が、最高の形で実を結んだこと。それが本当に嬉しくて周りの人も気にせず
泣いて喜んだのを覚えています。
大学野球生活で初めてのうれし泣きでした。それと同時にこの先輩たちと1部の舞台で一緒に戦えないのだと思うと
本当に切ない思いでした。

私も、ああ・・・泣いているなぁと見ていたのを良く覚えています(笑)

ー4年時ー
先輩たちが必死に残してくれた「1部の舞台」を簡単に手放してしまったこと・・・。謝っても謝り切れません。
それだけの強い思いで1部に臨んだのですが・・・。
そしてもう一つ謝りたいのが、主将としてチームに何も残してやれなかったことです。
野球人生の中で人の上に立つという経験はこれが初めてでした。半年という月日はとても短く
どうしたらチームのためになるのか。
どんな姿勢を見せたらみんなはついてきてくれるのか・・・。
そんなことを考えていたらあっという間にリーグ戦を迎えてしまい、体は元気なのに気持ち的に疲れてしまい
自分の練習にすら身が入らない時もありました。

何も残していない・・・なんてことはありませんよ。
試合後、うまくいかないことに対し悔し涙に暮れる姿は遠目で見ていた後輩たちに「何か」を伝えたはずです。
現4年生世代が頑張れているのも、井上キャプテンの苦悩を見てきているからだと思いますよ。
では、振り返った4年間を集約する言葉で、ぴったり当てはまる言葉は何になりますか?

「感謝」ですね!

その言葉を選んだ理由を教えてください

この4年間で色んな事を経験させていただきました。
すごくいい事も学んだし、もちろんたくさん無駄なこともしてきました。いろんな人に出会い、たくさんの仲間に恵まれました。
その全てが僕を人間的に成長させてくれました。大学入学時と今ではまったくの別人だと言い切れます。
それだけたくさんの事を得ることが出来ました。
今の僕を作ってくれたのは監督、コーチ、先輩、同級生、後輩。みなさんのお陰です。感謝しかないです。
僕と出会っていただき、本当にありがとうございました。

いい大学生活を送れたんですね。何より、その言葉を聞けて監督がいちばん喜んでいると思います。
それでは、いろいろ感慨深いであろう最終学年のシーズンをもう一度深く振り返っていただきましょう

主将としての立場から言うと、本当に苦しい1年でした。
いきなり任命されて、半年の残された時間の中で何をすればいいのか。毎日、嫌になるくらい考えてました。
自分の事にも手が付かなくなって、練習に行くのが憂鬱なときもあったほどです。
それでも、主将を任された責任感。部に残る後輩たちにせめて何か残してあげたい。そう思って重い腰を上げるような気持ちでやりきりました。ただ・・・何も残してやれなかったですが(笑)
でも自分の失敗を踏み台にして小宮が成功に導いてくれればそれだけでも報われると思います。

本当に、大変だったと思います。
春季リーグで経験した1部の舞台。ずいぶん2部とは違ったと思いますが、率直に「1部」はどうでしたか

ひと言で言えば、最高でした!
1つも2つもレベルが違う相手とこんなに素晴らしい球場で試合が出来る。こんな最高なことはありません。
お客さんがお金を払って、わざわざ僕達のプレーを見に来てくれる。身の引き締まる思いでしたし、恥ずかしいプレーは出来ないと思いました。
1部のチームと試合をしてみて感じた自分たちとの違いは、勝ちに対する「執着心」と「こだわり」だと思います。
口では上手く表現できませんが、技術以上に絶対に負けはしないと、1試合でも落としてたまるもんか!という気持ちが凄く伝わってきました。あれこそ僕が体現したかったチームの形だと思います。

強豪、関東学院から勝ち点を奪い4勝しながらも最終的に最下位で入れ替え戦に臨みました。
その時の進境、チーム状態などを振り返ってください

正直、いい状態ではありませんでした。みんな折れそうな心を何とか踏みとどめていた感じです。
必死でしたが、力及ばずでした・・・。

本当に悔しく、受け入れがたい敗戦でした。

はい。少し前にもお話しましたが、監督、先輩たちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

秋のシーズンは保科首相が引退し、急遽、主将を引き継ぐ形になりました。その時の心境はいかがだったのですか

正直に言うと、このチームで主将をしたいという気持ちは1年の頃からずっと持ち続けていたんです。なので、驚きというよりは「よし、やってやろう!」という気持ちでした。

そうだったんですね。
秋季リーグ戦までの短い間に、どのようにチームを導いていこうと考えていたのですか

残る後輩たちに1部の舞台で野球をしてもらいたい。
療養中の監督には、1部の舞台を用意し、最高の状態でチームに戻ってきてもらいたい!それを叶える強い気持ちで臨んでいました。

監督がチームを離れている間、主将としての役割は大きかったと思います

そうですね、ですが内心動揺はなかなか隠せなかったと思います。
ですが、4年生である自文体がうろたえてはいけないと、監督に変わって自分が。いや、こういう時だからこそ4年全員でチームを引き締めて行こうと思っていました。

本当に大変だったと思いますが、濃密な1年はきっとこれからの支えになると思います。
ではまた、大学野球生活4年間で振り返っていただきましょう。忘れられない試合といえば

やはり、入替戦ですね。あれを越える試合は後にも先にもありません!

忘れられない出来事は・・・

いちばん忘れてはいけない事は、大切な仲間を一人失ってしまった事です。
大切な人がいついなくなるか分からない・・・その日その日を大切に生きなければいけないと痛感しました。
今あるもの、人、出来事は当たり前ではないのだと思い知らされた出来事です。

忘れられない「言葉」はありますか

関根さんからいただいた「見てくれる人は必ずいる!」です。
お前の苦労してきた事、努力している部分を見てくれている人は絶対にいるし、それは必ず報われるから
決して折れずに、「前を向いていけ!」と言っていただいた言葉は本当に支えになりました。ありがとうございました。

苦労を重ねてきた井上さん。後輩たちにアドバイスを送るとしたら

「今持っている悩みから絶対に逃げだすな!自分から苦しい方に突っ込んでいけ!」
「エリートは逆境に弱いけど、下から這い上がってきたやつは逆境に強い!」と言いたいです。

期待を寄せている、思いを託したい後輩はいますか

もちろん、4年生全員です!
ですが、強いて挙げるなら倉田、宮田ですね。倉田は同期の平澤と共にポジションが同じで、自主練習の時間も共に過ごしてきました。いつもは友達のような感覚で話しかけてくるのですが、本当は自分なんかのことが好きで甘えてくるかわいいヤツなんです(笑)
野球に対する情熱も持っていて、凄い「熱い」ヤツなんです。ああいう奴がチームには必要だと思います。
宮谷対して印象的だったのは、入替戦で鶴見に負けてしまい、DHとして出場していた宮田が、代表としての(DHで試合出場を狙う選手たち)結果が出せずに申し訳ないと・・・自分の前で涙を見せた時です。
あの気持ちを持つ宮田なら絶対に期待に応えてくれると思います。いつもは弱気で謙虚な宮田に
「自信を持て!お前はチームを引っ張る人間だ!!」と言ってやりたいです。

ありがとうございます。
倉田選手は頑張って、主軸を期待されるところまできています。そして、宮田選手はちょうど今、悩みで体が動かなくなっているので
井上さんのその言葉が、きっかけになってくれることでしょう。
では、同級生たちにも声をかけてあげてください。先ずは横田さんへ。

横田。
4年間でいちばん濃い時間を過ごしたのは、お前だったと思う。いろんな相談もし合ったしグラウンドでおもいっきりケンカあいた事もあったな(笑)でも、横田だから本気でぶつかれたり本気で笑いあえたんだと思うよ!
主務の仕事、ホントに辛かったと思う。でもそんな辛さを乗り越えた横田は頼もしかったぞ!4年間、ありがとう。

白井さんへ

白井。
お前とは高校3年間、大学で4年間。7年も一緒だったんだな。
高校からトラブルメーカーで少し嫌だったけど・・・(笑)それでも7年を共にしたお前がいいピッチングをした時は本当に嬉しかった。
俺も頑張ろうって思えた。俺が打席に入る時はチームの誰より大きな声で「タイショー!お前ならできる!」って言ってくれてたよな。
あんなに心強い声援はなかった。
最後の試合、勝たせてやれなくてゴメンな・・・。でもお前には次のステージがある。この悔しさを次にぶつけてやれ!!

最後に、平澤さんへ

よしき。
今まで俺と一緒にいてくれてありがとう。お前とはポジションも一緒で実は俺の中で一番負けたくないライバルでした。
お前が活躍したら「よしっ!俺も頑張ろう」と気を入れることができる存在でした。
お互いいろんな相談もし合ったな。たくさん自主練習の時間も共にした。一緒にふざけ合ったのもいい思い出。
卒業しても、飲みに行ったりしような!

大学野球で好きな野球をやり切れましたか

正直それはありません。引退した今でも、社会人などで野球を続けたかったと思います。
ですがこれが自分の実力、引き際も大事だと思いました。

そうなんですね。
野球をこよなく愛する井上さん。野球とのつながり方はいろいろあります。その情熱を発揮する場は必ずあると思いますよ。
では、これは聞かないといけません。松蔭大学硬式野球部で良かったとおもいますか

もちろん!良かったと思っています!!

最後に何か言いのこしたことがあれば、お願いします

では・・。
オトン、僕にここまで野球をさせてくれてありがとう。
思えば高校を卒業したら、大学へは行かず働けと言われていた僕に「本当にいいのか、本当に完全燃焼できたのか」と問いかけてくれて野球への道をつなげてくれた事がありました。試合となれば僕が出ていなくても、いつ出るか分からないからと毎試合仕事を抜け出して、必ず見に来てくれました。打席に入る前にオトンの顔を見てから打席に入る、それが僕のいつものルーティンでした。
全力でボクノ野球を支えてくれた事のありがたみ、現役の時には気付く事ができませんでしたが、今なら全て分かります。
今でもたくさん僕を支えてくれてありがとう。
少しずつではありますが、ゆっくり返していこうと思います。

素晴らしい言葉、ありがとうございました。
最後の言葉にこの4年間の充実が集約されていますね。本当に素晴らしいインタビューになりました。長い間ありがとうございました。
そして、これからも松蔭大学大6代主将として、力をお貸しください

はい。
こちらこそ、本当にありがとうございました。

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