大学野球四年間を振り返って・・・・平澤 巧基編

  • 2018-3-12
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4年間、お疲れ様でした。本日はよろしくお願いします。
4年時には様々な出来事があって、大変な1年になったことと思います。そちらは後ほど伺うとして先ずは4年間を1年毎に振り返ってみて下さい。

ー1年時ー
元々は捕手として入学したのですが、肩の調子も良くなく故障も多かったので自ら山際監督にポジションの変更をお願いしたのを覚えています。小中高と捕手を中心にやってきたので、そのポジションを辞めて他のポジションで勝負するというのは大きな決断のひとつで不安もとても大きかったです。
ポジションの変更や大学野球での環境の変化など新しいことばかりであっという間の1年でした。

ー2年時ー
大学野球の環境に少しずつ慣れてきた中で、同学年や1個下の後輩たちがベンチに入ったり試合に出ている姿を見て焦りを感じていました。ただその焦りがいい方向へは向かわず、何とか言い訳をして野球と向きすことから逃げていた気がします。
ただ決められた時間に練習に行って淡々とこなすという日々が続いていて、今思えばとてももったいない1年間だったと思います。

振り返れば勿体ない・・・と分かっても実際に「やっている」時にはなかなか気づけないものですよね。平澤先輩のこの言葉が後輩に響いてくれるといいですね。

ー3年時ー
個人的には春のリーグ戦でメンバーに選ばれて、少しずつ試合に出場できるようになりました。それでも一番印象深いのは秋の入れ替え戦で1部昇格出来たことです。
あの時のチームの雰囲気や勝った時の喜びは今でも忘れません。4年間の中で最も濃い1年でした。

本当に、熱くなれた1年でしたね。では、最終学年を振り返ってください

ー4年時ー
最も苦悩した1年でした。野球でも、野球以外でも・・・。
春に2部降格、秋も1部に昇格できずリーグ4位という結果に終わってしまいました。チームとしても個人としても思うように結果が出ず、とにかく悔しい想いをしました。野球以外でも春のリーグ戦が始まるのと同時に就職活動が始まり、野球に集中したい反面自分自身の将来の事を考えなければいけなくて・・・。
野球と就職活動を並行してやっていくうち、自分自身何に重きを置いてやればいいのか見失ってしまう時期もありました。
とにかく長い1年でしたが中身の濃い、人間的に成長させてくれた1年でした。

ありがとうございました。お話を聞いているだけでも平澤さんがこの4年間で素晴らしく成長されたのが分かってきます。いや、本当に素晴らしいですね。
では、内容のたっぷり詰まった4年間・・・一言で例えるならどんな言葉を思い浮かべますか

数多くの失敗とわずかな成功 です。

ふ・深い・・・。その言葉を選んだ理由を教えてください

4年間振り返ってみると成功体験よりも失敗して悔しい思いをしたことの方が圧倒的に多いです。
それでも、わずかな成功で感じる成長や喜びをもう1度味わいたくて、何度失敗しても心が折れそうになっても自分を信じて前を向いてやってきました。そういったことを繰り返して今の自分があると思いますし、それはこれからも変わらないと思います。
特に、大学野球最後の1年は失敗ばかりでしたが、どんな状況に置かれても決して投げ出さず最後の1打席が終わるまで全力でやり切れたことは成長であり、成功だと思います。

いや、本当に素晴らしいお話です。
監督もこのインタビュー記事をよんだら、さぞや喜ぶことでしょう。
それでは「苦労」した4年目のシーズンについて掘り下げて質問させていただきます。春季リーグは1部の舞台で戦えたわけですが、環境面など2部とは随分と違ったと思います。率直な感想で「1部」はどうでしたか

同じ野球でもかなりの違いを感じました。
球場や戦う相手の強さ。観客の数、応援の圧、全てが違いました。また、2部とは違って一般の観客の方はお金を払って球場に入っているので『アップやシートノックから見られてる』っていう感じがしました。そんな中で野球ができるという喜びはすごく大きかったです。
1年生で入学したばかりの春も1部でしたけど、2部に降格してしまってからは2部の期間が長く、やっとの思いでの1部だったので重みが違いました。佐藤さんや相澤さんたちが1部に昇格した時もこういった想いだったのかなと思いました。

強豪、関東学院大から勝ち点を奪いましたね。その時の心境、チームの雰囲気はいかがだったのでしょうか

山際監督や横田が不在という予期せぬ事態で「何とかしなければならない」という危機感がいい意味でチームのまとまりを生んだのだと思います。1戦目に負けた時点では正直かなり力の差を感じました。
それでも2戦目以降は別のチームかと思うくらい強さもまとまりもありました。全員が「何とかしてやろう」という思いが強かったからこその勝ち点だと思います。

勝ち点1、4勝しながら入れ替え戦に回りました。必勝を期して臨んだと思いますが、残念な結果に終わってしまいましたね。

そうですね・・・。今でも思い出すのは辛いですね。
1部で勝ち点を取れたという過信や1部で最後の最後まで最下位が決まらない状況で準備不足だった心の隙があったんだと思います。
ただ、単純に相手の方が強くて自分たちの方が弱かっただけなんですけど。あっという間に負けてしまったという感じです。悔しさというより自分自身何もできなかったという無力さや申し訳なさが強く残ったのを覚えています。

辛い部分を思い出させてしまいました。ですが、濃いインタビューですのでさらに掘り下げていきますね。1部返り咲きを目指した秋のシーズンでしたが、春のシーズン後に引退を決めた同級生たちがいました。そんな中、最後まで続けてくれましたね。4年生がチームにもたらすものはとても大きなものです。本当にありがとうございました。平澤さんの中に「上がる」という選択肢はまったくなかったのですか

かなり落ち込みましたけど「上がる」という選択肢は全くなかったです。
1つ上の先輩たちが春の入れ替え戦で負けて1部でプレーできるチャンスがなくなった状況になっても、秋まで残り自分たちに1部でプレーするチャンスを与えてくれました。そういったカッコいい背中を見せてくれたので迷いはなかったです。
何としても最後に1部に上げて引退しなければならないという思いで残りました。

その想いこそ、伝統ですね。先輩たちもきっと喜んでいることと思います。バリバリのレギュラーではない平澤さんの言葉だからこそ意味は強く、後輩たちにもいい影響を与えてくれますね。でも「続ける」ことは容易いことではないはずです。
是非、モチベーションの保ち方などを教えてください。試合に出たくても出れない選手が大半ですから後輩たちにとって大いに参考になるはずです

チームでやる以上、全員が満足のいくようにやるというのは無理で、1人1人に必ず役割があります。
スタメンで出場する人、途中から試合に出場する人、スタンドや裏でチームをサポートする人がいて初めてチームが成り立っているという思いで、どんな役割も全うしてきました。自分は全て経験しましたが、そんな中でも「負けたくない」「見返してやる!」という思いは常に持ち続けていました。それがモチベーションの源だったと思います。

こんなことを言う立場ではないかもしれませんが、社会に出たら間違いなく平澤さんはレギュラー。中心選手になれますよ!そんな平澤さんに監督の病気療養について聞かせてもらいます。最上級生としてどのように気持ちを整えていったのでしょうか

4年生としてもっとしっかりしなくてはいけないという気持ちは強くなりました。改めて最上級生の重要性というものも感じました。春のリーグ戦が終わり4年生は4人になってしまいましたが、チームの事について話す機会は増えたと思います。4年生で何とかしようという思いはみんなありました。それでも横田や大将にかかる負担は大きくなってしまったので、申し訳ないなと今では思っています。

本当に大変だったと思いますが、濃密な1年はきっとこれからの支えになると思います。
ではまた、大学野球生活4年間で振り返っていただきましょう。忘れられない試合と言って思い出すのは

1部昇格を決めた3年秋の入れ替え戦も忘れ難いですが、より鮮明に覚えているのは3年春のリーグ戦で初スタメンで出て、初安打を打てた横浜市大戦です。

では続いて、忘れられない出来事は

野球部として一緒に活動していた飯塚が亡くなってしまった事です。
2つ違いで深い接点があった訳ではありませんが、同じ野球部の仲間が亡くなってしまうというのはショックでしたし信じられませんでした。昨日まで一緒にいた仲間や家族が今日も一緒にいるということが当たり前ではなく、感謝しなければならない事。大切にしなくてはいけないという事を改めて考えさせられました。
忘れられない出来事というよりは、忘れてはならない出来事だと思います。

本当にそうですね。松蔭大学野球部、みんなの総意を代弁してくれた言葉ですね。
では、平澤さんにとってこの野球部で「忘れられない言葉」を貰ったという経験はありましたか

はい。山際監督から言っていただきました。
忘れられない試合と繋がってしまうんですけど、春のリーグ戦後に監督と面談する機会があって、初めてのスタメンでヒットを打ったことに対して『期待に応えてくれてうれしかった』と言われたことです。
何気ない一言だったので言った監督自身も覚えてないかもしれませんが、その言葉が自分はすごくうれしくて鮮明に覚えています。
直向きにやっていれば誰かが必ず見ててくれるんだなと強く感じました。

何気ない言葉が「沁みる」ことってありますよね。
では続いて、今だから言える辛かった事、苦労話があれば教えてください

最後の1年、結果を出せなかったことです。チャンスを何度もらっても、結果を出せず空回りして・・・。たらればですけど「あの時もっとこうしていれば・・」という後悔ばかりですね(笑)

同じような思い、焦りを感じている後輩たちもいることと思います。そんな選手たちにアドバイスを送るとしたら、何と・・・

その場その場でできることに全力を尽くすことが大切だと思います。
周りの目や評価を気にし過ぎたり、人に対して妬んだりひがんだりして自分自身の成長を止めてしまうのは、本当に勿体ないです。
地道に直向きにやっていれば必ず誰かが見ててくれます。とにかく自分の可能性を信じて貪欲に限られた大学野球の時間を大切にして欲しいですね。あまり偉そうなことは言えないですけど、自分がそう出来なかったとおう後悔があるので同じ思いはしてほしくないです。

後輩のみんな!本当に平澤さんの言葉を噛みしめてくださいね!
ではそんな後輩たちの中で期待を寄せている、自分の思いを託したい後輩はいますか

新4年生全員です!
春入れ替え戦で勝って、もう一度1部の舞台で戦ってほしいですね。今の新4年生たちには自分たちのような悔しい終わり方をしてほしくないです。小宮を中心とした4年生がチームを引っ張って勝ち続けてくれることを信じて応援しています!

心強いことば、ありがとうございます。
では、4年間共に汗を流した同期のみんなへもひと言お願いします。先ずは井上さんへ

キャプテン、本当にお疲れ様でした。
大将とは自主練を一緒にやる機会も多かったし、ポジションも同じ、キャッチポールの相手でもあったね。
大将のおかげでショートバウンドを捕るのが上手くなりました(笑)色々相談に乗ってもらった気がする。一緒に野球が出来て本当に良かった。4年間ありがとう。

続いて、横田さんへ

学生コーチ本当にお疲れ様。
横田には俺たちに分からない苦労や悩みがたくさんあったと思う。そんな中でも常にチームが強くなることを考えて、檄を飛ばす姿は凄かった。1年生の時に主務で監督や佐藤さんにしょっちゅう怒られていた姿が嘘のようです(笑)
最後まで残ってチームを支えてくれてありがとう。そして4年間ありがとう。

では最後に、白井さんへ

白井は入学してすぐに1部の舞台で投げてる姿を見て、すごいなぁと思ったし羨ましかった。
4年の春以降は4年投手1人で大変だったと思う。本当にお疲れ様。卒業しても偏った食生活にならないように気をつけて野球頑張ってね(笑)4年間ありがとう。

ありがとうございます。聞くまでもない質問かもしれませんが、大学野球で好きな野球をやり切った思いは持てましたか

はい。全力でやり切れました。大学まで野球が出来たことに感謝しています。

4年間やり切ってみて、大学野球とはどういうものでしたか

誰かに「こうしろ!」という強制的な物はなくて全ては自分次第でした。
22年の人生の中で最も自分と向き合った4年間だと思います。自分にとって大学野球4年間は心の成長と自分を見つめ直す貴重な時間でした。

愚問かもしれませんが、聞かないわけにはいきませんので・・・松蔭大学硬式野球部を選んで良かったと思いますか

良かったです!

これからの抱負をお聞かせください

具体的な目標はまだ探している最中ですが、今までお世話になった方々に恩返しできるように立派な社会人になります!

では、最後になります。何か言い残したことがあればお願いします

山際監督をはじめとする松蔭大学野球部の首脳陣の方々、関係者の皆様4年間暖かく見守ってくださり本当にありがとうございました。
また、ここまで野球を続けさせてくれた家族や育ててくださった恩師の方々にも、感謝の気持ちでいっぱいです。野球をやっていたからこそ数多くの人と出会えて人として成長することもできました。野球をやっていて本当によかったです。
これからはOBとして松蔭大学野球部を応援していきます!4年間、ありがとうございました。

丁寧で心のこもった言葉の数々。本当にありがとうございました。
素晴らしいインタビューになりました。

こちらこそ、ありがとうございました。


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