大学野球四年間を振り返って・・・・横田 誠弥編

  • 2018-2-17
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4年間、お疲れ様でした。特に4年時には様々な出来事があって、大変な1年になったことと思います。そちらは後ほど伺うとして先ずは4年間を1年毎に振り返ってみて下さい。

ー1年時ー
1年目は選手兼主務としてやっていました。当時は主務の役割も全然わからず、ただ何となくやっていました。なので失敗が非常に多くその度に監督や佐藤コーチからいつも怒られていました。主務をどう辞めてやろうか・・・と常日頃から考えていました(笑)。この頃はチームの事は正直考えていませんでしたし、当時の私は選手としても主務としても中途半端だったと思います。「自分さえ良ければ」と考えていることが多かったんです。

今の横田さんからは想像ができませんが、そんな時代もあったからこそ今の「自分にも人にも厳しい」精神が身についていったんでしょうね。

ー2年時ー
2年目になってもなかなか選手として結果も出なかったので、今年が勝負と思ってやっていました。実は結果が出なければ引退しようと思っていたんです。
案の定、この年が私自身の変わり目の年になりました。
主務としては少し仕事に慣れてきたので、怒られる数は多少減りました。2年春には2部での当番校を経験したりと、野球以外でも数多くの経験を積むことが出来た1年だったと思います。

この辺りから心境に変化が見えてきたということですね。

ー3年時ー
3年目は主務兼学生コーチになりました。この頃から「チームのこと」を良く考えるようになっていきました。最終的に「1部昇格」も果たせましたし、この年は本当にいい年になりました。個人としては完全に裏方としてチームに携わるのは野球人生の中で初めてだったので、どうしていいのかわからないまま無我夢中でやっていました。当時は監督の横でたくさんの事を教えていただき、とても勉強になりました。

厳しいこと、言い辛いことをチームのために敢えて言ってくれて、嫌われ役に徹してくれましたね。

ー4年時ー
4年目。最後の1年は非常に悔しい1年でした。ですが、勉強の年にもなりました。チームとしては2部降格、2部4位。チーム自体も数多くの問題を抱えとても苦しかったです。
個人としては自分自身で考えて動くことが非常に増えたので、4年目が一番意識して行動するようになりました。3年時に基礎を教えられ4年時でそれを応用し、自ら考え動くということが出来たと思います。

ありがとうございます。裏方として、選手の嫌われ役として尽くしてくれた4年間。なかなかできることではありません。苦労が多かったのではないですか。

苦労は私の言葉を聞く選手たちの方があったと思います(笑)監督や前主将の保科、井上主将たちが私の発言しやすい環境を作ってくれました。それがあったから私が自由に発言できたんだと思います。「本当にありがとう!」という思いでいっぱいです。私は学生コーチであっても、選手と同様に考え悩み、苦労するのは当たり前だと思っているので苦労を感じていたということはなく、指導者や選手たちへの感謝の気持ちの方が強いです。

「影の監督」と称されるほど首脳陣からの信頼も厚かったですが、4年時の春のシーズンでは思わぬ形でチームを離脱することとなってしまいました。チームも危機的状況でしたから、気が気ではなかったのでは・・。

試合に行けない時でもずっと、試合の速報を気にしていました。私がその場にいたから変わるとは限らないですが、その場にすらいられなかったのは非常に残念で悔しかったです。

2部降格となってしまいましたが、どのように受け止めましたか。

結果が出てしまったことなので、そこはもう開き直りました。終わりよければ全て良しではないですけど、最後は「2部優勝」「1部昇格」するしかないという思いだけでやっていました。

1部返り咲きを目指した秋のシーズン。しかし、春のシーズン後に引退を決めた同期の選手たちがいました。有終の美で終わるためには厳しい状況に陥ったチームに、どんな声をかけ続けたのでしょうか?

あまりそこは意識していなかったので覚えていません(笑)同期の選手が抜けたのは、とても寂しい思いは感じていました。でも、選手が抜けてもやることは変わらないと思っていたので、あまり大きく何かを変えたところはありませんでした。

そして、秋季リーグ戦の開幕。コーチャーとして3塁コーチャーズボックスにも入りましたね。そこから見た松蔭大学の秋季リーグ戦はどうでしたか?

秋季リーグ戦は試合に出るメンバーも変わり、チームでの「噛み合い」が出来ていなかったという印象です。試合はあと一本だったり、ここで凌いでおけば・・・というギリギリのところでやられてしまう試合が多かったと思います。個人的に3塁コーチャーはとても楽しかったんですけどね。

監督が療養中だったから、1部復帰の報告がしたかったのでは。

それは、もちろんです。引退前に最後、監督にいい報告をしたかったのですが・・・それが出来ずとても残念です。

関東一高の先輩でもある佐藤コーチも「横田がいてくれて良かった!」と言っていました。本当に大変だったと思いますが、特別な1年になりましたね。

最終学年になってからは、本当に一日一日が濃かったです。人生で一番濃い一年かもしれません(笑)佐藤さんにはこの4年間で大変お世話になってきました。その方に「横田がいてくれてよかった」と言ってもらえて私は本当に感激しております。この場をお借りしてですが言わせてください。佐藤さんお世話になりました!今後ともよろしくお願いします(笑)

それではまた、大学野球生活4年間で振り返っていただきましょう。思い出に残ってる試合をお聞かせください。

大学2年の時の新人戦、神奈川大学戦です。理由はあの試合で私の野球人生が大きく変わったからです。もしあそこで、セカンドで送球ミスさえしていなかったら・・・最後まで選手を続けていたかもしれません。しかし、(もし続けていたら)今の自分より確実にダメ人間になっていたと思います(笑)当時はあの試合を思い出したくもありませんでした。ですが、今はあの試合があったからこそ今の自分がいると思うので「あの新人戦は」忘れられない試合になりました。

挫折を力に変えることが出来ると、大きく成長しますからね。では続いて忘れられない出来事を教えてください。

3年の時に1つ上の関根さんとケンカしたことです。今思えば笑っちゃう出来事ですけど、当時は気まずくなったので今でも鮮明に覚えています。当時の自分は5期生がまだいるというのに言いたいことをたくさん言わせていただきました。随分失礼なこともたくさんあったと思います。よく「先輩、後輩、関係ない!」と言いますが、さすがに失礼が過ぎたと感じています。本当にスイマセンでした。

チームを良くしよう、チーム愛が強いが故の出来事ですね。では、4年の大学野球生活の中で忘れられない「言葉」というのはありますか

はい。山際監督から言われた「好き嫌いでやるな!」という言葉です。
私たちの代が新チームになりたての時に、なかなか選手たちが言ったことを聞いてくれずに、それで嫌気が差してしまった自分は監督に「もうやりたくありません」と言ってしまったのです。その時です、監督から「お前は任された仕事を放り投げるのか?」「嫌だからやめるのか?」など言われました。そして最後に言われた言葉が「好き嫌いでやるな」です。
今も嫌なことだったり、やりたくないことがあるのですが、そんな時にその言葉を思い出し日々頑張っています。

それはいい言葉をいただきましたね。でもその言葉が響くか響かないかは、本人の心持ち次第。
それが響いたのですから、横田さんが大きく成長しているという証拠ですね。では続いて、苦労話や辛かったことを聞かせて下さい。

今でも苦労していることですが、それは「人に伝えること」です。選手に対してただ意見を言うことは簡単ですが、その言葉を理解して行動に移してもらうことはとても大変です。ましてや、選手は何十名もいるので容易なことではありません。自分が学生コーチになってから「伝え方」に関しては日々考えています。前に比べると多少なりとも成果は出てきたと思いますが、いまいちって感じです(笑)これは「永遠の」課題になると思います。

本当にいろいろなことを得た、松蔭大学での4年間になりましたね。
では、話を新チームに向けましょう。今でもコーチとしてグラウンドに出てくれていますね。新チームに望むこと、足りないことなど感じていることを教えてください。

2点あります。同じミスを何回も何回もすること。無駄話をしてしまい、考える時間をなくしているという点です。
これは新チームに限った話ではないです。自分が現役の頃からありました。失敗から学ばない選手がとても多いんです。それを選手たち自身が感じて、分析して出来るようになれば勝ちにも繋がり、自然と勝てる試合が増えてくると思います。練習中から関係ない話をしているような選手は、何も考えていない選手と見られても仕方なく、そしてそんな選手が多いのが実情です。それでも試合に勝って「一部昇格」して「一部優勝」するならいいですけど、チームとして結果が出ていないのが現実です。選手一人一人が意識を変えて、練習に取り組み試合に臨んで欲しいです。

特別にメッセージを送っておきたい選手はいますか?

私をたくさんイラつかせてくれた根本君・・・・ガンバレのひと言です(笑)

では、ともに汗を流した同期の仲間にひと言ずつお願いします。先ずは井上君から。

キャプテンお疲れ様!!途中からキャプテンになり、なかなか上手くいかないことがたくさんあったね。いろいろ悩みは多かったと思う。キャプテンを立ててあげられなくてゴメンなさい(笑)井上さんはいいヤツだからこれからの人生バラ色でしょう!!(笑)四年間、ありがとう!!

続いて、平澤君へ

よしき!野球ではいろいろ言ったけどゴメン(笑)この四年間でよしきはポジションをたくさんコンバートしましたね。その経験は必ずこれからに生きてくると思うよ!!四年間ありがとう!!

では、最後に白井君へ

四年間ありがとう、そして四年間、お疲れ様!!新人戦の時は本当にゴメン(笑)あのミスがなければもう少し長く投げれていたかもしれないのに申し訳ない。これからも野球を続けると思うけど、松蔭大学の代表としてしっかり頑張ってくれ!!

松蔭大学野球部からこの4年で学んだもの、得たことは何ですか。

選手として学んだこと、主務、学生コーチとして学んだこと、言葉では言い表せないくらい多くの事を学べました。

横田さんにとって大学野球とはどんなものだったでしょうか。

自分を人間的に成長させてくれた場所です。

松蔭大学硬式野球部を選んで良かったと思いますか。

はい、良かったです。
最初はどうなるかと思っていたんですけど、今は自信を持って良かったと思います。良くするのも、悪くするのも自分自身が何か目標を持ってやってきたかに尽きると思います。
在学中のみんなには目標をしっかり見つけ頑張ってもらいたいと思います。

これからの抱負をお聞かせください。

これからは社会人になるので、この4年間でたくさん学んできたことを生かして頑張っていきたいと思います。ほんとうにたくさんの事を学んだ4年間でした。

最後に何か伝えておきたいこと、言い残してきたことがあればお願いします。

私はこれまで、沢山の方々に支えられて学生生活を送ってきました。これは当たり前の事ではないと思います。今の私がいるのは今まで関わってくれた人たちがいたお陰だと思っています。皆様、本当にありがとうございました。また、高校、大学と通わせてくれた母には本当に感謝しております。そういう方々に恩を返せるよう、私はこれからも頑張っていこうと覚悟を決めています。本当に、ありがとうございました!

横田さん、長きに渡るインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。
4年間、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました!!

こちらこそ、ありがとうございました。

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